「早春の北海道に行ってきましたぁ!」 第6話

夕闇が「夢がいっぱい牧場」とその周辺を包もうとしている。車中で、エゾジカにぶつかった(「轢いた」ではなく、まさに「ぶつかった」そうだ)話を聞いたが、ここはエゾジカどころか、19世紀には絶滅したといわれるエゾオオカミが出てきてもおかしくない佇まいである。
われわれが夕食を頂き、また泊まるところは、大将が「こんな、しもた屋(久々に聞いた!)に…」と恐縮がってはおられたが、プレハブながらかなり広いスペースの部屋である。牧場の家族の方々も次々に見えられる。貫禄あるおくさんに若奥さん、その子どものたいちくん(4歳)とななちゃん(4か月)。それから、大将が入ってきて「せいじ(牧口さんの名前です)お帰り」とひとこと。まるで、牧口さんの実家にお邪魔したよう。
そうこうするうちに焼肉が始まった。よく働く若者が、われわれのジョッキにビールを注いでくれる。鹿児島の、やはり食肉牧場の倅で、北海道の大学に入って、この春休みは「夢がいっぱい牧場」に自主研修に来ているそうだ。若き日の牧口さんも彼のように純粋に懸命にここで働いていたのだろう。大将は近隣の会合に出かけねばならないらしく、慌ただしく出て行かれた。
さて、肉牛牧場の焼肉がどれだけすごいか考えてほしい。大阪でも美味しい肉はずいぶん食ってきたが、たいてい美味しい肉というのはすぐにみんなの腹に収まってしまう。ところが、ここでは際限なく“最上級”の肉が出てくるのだ。だって、その肉の元はすぐ横の牧場にいるのだから…。しかし、われわれはパブロフの犬のごとく、「美味しい肉はとにかく早く食ってしまわなければ“なくなる”」という条件反射を身につけているものだから、宴会が始まると同時に餓鬼のごとく出てくる肉を片っ端から平らげ、急速に満腹になってしまった。
若大将も仕事を終えて、食べに来られ、昔話に花が咲く。若い牧口さんがここでお世話になっていた頃、彼はまだ幼稚園児だったそうだ。ときの流れを感じるとともに、ここでこうやっていっしょに頂いている縁を感じずにはいられない。少年牧口と大将の因縁もさることながら、大将の勧めで京都の大学に進み、同じ関西圏の大阪に腰を落ち着け、僕らの研究会に牧口さんが顔を出すようになって、ついに、ここへ連れてきてもらった。牧口さんとの出会いがなかったら、「夢がいっぱい牧場」、いや、北海道の牧場を訪れるような機会はたぶんなかっただろう。
満腹中枢が刺激されてからも、われわれは執拗に肉を食い続け、もつ鍋を食し、大将が帰ってきてからは、十勝ワインのビンテージを4本空けて、ようやく北海道最後の夜の眠りに就いた。寝しな、トイレで建物を出ると、外の空気は凛として、満月に近い月は天空高く上り、雪に覆われた牧草地とその向こうの針葉樹の立木を照らすので、あたりはまるで昼のように明るかった。