【ドクター牧口の、「映画館で会いましょう!」その1】

インビクタス
 これは、南アフリカを舞台としたラグビーの物語です。1994年、黒人初の大統領として、長く獄中にあったネルソン・マンデラが初当選すると、それまでアパルトヘイトで甘い蜜を吸っていた白人の多くは国外へ脱出していきます。そして自分たちは当然クビだろうと思って荷物をまとめていたいた白人の役人たちに対して、マンデラは「共に新しい国を作っていこう」と呼びかけます。さらには、自分自身の護衛に、今まで直接自分たちを弾圧していた白人警官を使うのです!
 さて、ラグビーは伝統的に白人のスポーツで、南アフリカの「スプリング・ボクス(通称ボカ」も、黒人にとってアパルトヘイトの象徴でしかありませんでした。当然、新しいスポーツ評議会は、全会一致でチームの名前、チームカラー、ロゴなどを変えようと決議しますが、マンデラはこれに反対します。「ラグビーは、白人の誇りなんだ。それを奪ってしまったら、彼らは決して私たちに力を貸してくれないだろう。彼らが私たちに決してしなかったこと、それは許すことだ。けれども私たちは彼らを許そう。彼らを許すことこそが、私たちの魂を解放するのだから。」けれどもマンデラは、決して自分の考えを押し付けようとはしません。再度投票が行われ、辛くもマンデラの意見が通るのですが、スポーツ評議会からの帰り道、秘書から「投票で負けたらどうするおつもりだったのですか?」と聞かれた彼は、「その時は、その決定に従うよ」と答えるのです。
 長年のアパルトヘイト政策のために、それまで国際試合のできなかったボカは全然強くありません。試合を見に行く黒人たちが応援するのは相手チーム、ボカが負けると大喜びするありさまです。翌1995年に南アフリカで開催されるラグビーのワールドカップを控え、マンデラはチームのキャプテンを呼び、「ボカは、白人だけのチームじゃない。南アフリカ国民全員が応援しているんだ。私たちみんなのために闘ってくれ」と励まします。その時に、マンデラが27年の長きにわたって獄中にあってなお志を曲げず、白人への恨みで凝り固まりもしなかった理由として、彼を支えた詩の話をします。その題名が、「インビクタス」というのです。「門がいかに狭かろうと/いかなる罰に苦しめられようと/私は我が運命の支配者/我が魂の指揮官なのだ」という言葉の力にマンデラは励まされ、そして自らも他者を励ます言葉を紡ぐことができるようになっていったのでしょう。
 さらに忙しい練習のさなか、マンデラは選手たちに黒人の子どもたちにラグビーを教えるよう依頼します。はじめは反発していた選手たちも、まっすぐな瞳に出会い、子どもたちと触れ合う中で、いつしか「南アフリカの代表」としての自覚が芽生えてくるのです。
 そして、奇跡が起こります。当時、世界最強のバックスと謳われたロムーを擁するニュージーランドの「オールブラックス」が、破竹の勢いで勝ち進んでいます。南アフリカも、観客の大声援に励まされ、一つ、また一つと登りつめていきます。そして決勝戦。勝敗は、ボカの選手がいかにロムーの足を止めるかにかかっています。息詰まる肉弾戦。体と体のぶつかり合う音、骨のきしむ音、選手の息遣いが画面を通して伝わってきます。そして、なんと南アフリカの「スプリング・ボクス」が優勝してしまうのです。その瞬間、観客は総立ちになり、場外のラジオを聞いていた白人の警官と黒人の少年も、抱き合って喜びを分かち合うのでした。
 ナショナリズムは、たやすく国家に利用されやすい危険なものですが、この映画で描かれているそれは、それを誰かが自分の利益のために利用しようというものではなく、民族の違いを乗り越えて手を携えて新しい国を作っていこうという希望を支えるものとして描かれています。クラブの監督さんは必見だと思います。他にも、様々な示唆に富んだ面白い映画でした。