札幌大会ここが見どころ・聞きどころ−庄井良信講演(2)−自分の弱さをいとおしむ−

川原茂雄

 庄井良信先生は、様々な困難を抱えた子どもたちや教師たちの声をていねいに聞き取りながら、その困難を乗り越える道すじを探求する「臨床教育学」を専門としています。先生がこのような教育における「臨床」ということを意識するようになったのは、今から十数年前のことだったそうです。先生が若い頃は、青春ドラマのように「弱音をはくよりは前に進め」と励ますことが、ロマンあふれる教育だと考えていて、長所(強さ)を見つけては「やればできる」と評価し、子どもを前に押し出すような働きかけこそが「指導」だと思っていたのでした。

そんな時、あるカンファレンスで出会った魅力的な心理カウンセラーの方から「教育相談の仕事に従事する人にとって、一番大切な資質は何だと思いますか」と問われたそうです。すぐに「共感」とか「受容」というような言葉が思い浮かんだ先生に対して、その心理カウンセラーの方が「一番大切なのは自分の弱さをいとおしむ力かもしれませんね」とつぶやいたその一言に、自分のそれまでの指導観を問い直し、新たな発達援助学(臨床教育学)を構想するきっかけを与えられたのでした。

 いまの新自由主義的な教育の風潮のなかで、「勝ち組」になるために幼い頃から「強さ」を求める競争を強いられている子どもたちは、自分の「弱さ」を表現することへの不安がとても強くなっているのではないでしょうか。そして、私たち教師という仕事をしている者も同様に、「弱みをみせたらおしまいだ」という強迫観念を身につけてしまっているのではないでしょうか。そのようにお互いの「弱さ」を見せ合うことができない状況が、お互いが抱えている困難や悩みを克服することの難しさをもたらしているのではないでしょうか。

 「親や援助者が、このような「強さ」へ強迫するまなざしから自由になり、自分の「弱さ」がいとおしめるようになるとき、子どもの「弱さ」がいとおしめるようになる。子どもの「弱さ」がいとおしめるようになるとき、子どもの内部にもごもごと動いている発達の芽が見えるようなる。ここに教育臨床の仕事のはじめの第1歩があるのだと思うのです」(『自分の弱さをいとおしむ−臨床教育学へのいざない−』庄井良信、高文研、2004)
 
 庄井先生は、ヴィゴツキーの発達援助理論を基盤としながら、エンゲストロームの活動理論からも刺激をうけつつ、世界的なレベルでのご研究をなさりながら、一貫して現場で不安や困難を抱えている子どもたちや教師たちの具体的な声を聴き取るという地道な営みを続け、その聴き取られた事実から、自身の研究課題を立ち上げています。「ある社会と歴史を生きる人間の一回性の人生を聴きとりつつ語り合い、その基盤となるコミュニティとその当事者の恢復と成長を支援する」ための「臨床教育学」の構築をめざしている庄井先生のお話は、高校現場での困難な現実に取り組み、生徒たちの「恢復と成長」を支援している高生研の先生がたの心にも響くものと確信しています。